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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

エッセー

第1回 『私の処女作』

鈴木清順 「春のつまずき」

トコロ天式である。 その点出来立ての味のいゝ日活だった。 先輩格の西河克己、古川卓己、堀池清、野口博志さんが監督で出払うと、お次の番が中平康...

林 海象 「私の処女作」

1984年。27才の時、始めての映画「夢みるように眠りたい」を私は製作・監督した。それまでの私は映画界とは無縁で、社会の底辺をその日暮らしの...

井筒和幸 「日々、悶々と」 

ボクは、親をダマくらかしていつか返すと100万円余りをパクリ盗り、高校時代の仲間ら、5人も引きずり込んで三和映材から35ミリのアリフレック...

中田秀夫  私の処女作『ジョセフ・ロージー:四つの名を持つ男』

私の劇映画一作目は、「女優霊」という映画撮影所を舞台にしたホラーなのだが、実はその前に英国で着手した映画があり、それがこのロージーについての...

足立正生 「私の処女作 2003年3月25日」 

初め、私は、普通の映画は作れないし、まして職業的な映画監督というものになれるとは思っていなかった。...

篠原哲雄 「デビュー作の頃ー物語か映像かー」 

'93年「草の上の仕事」が劇場公開された。これが正確には僕の監督デビューである。この作品は、誰に要請されたわけでもなく、誰かにお金を出しても...

羽田澄子  処女作『村の婦人学級』のこと 

映画を作るようになるとは夢にも考えていなかったのに、私は何故か記録映画をつくるようになった。私は1950年、岩波映画制作所の創立とともに岩波...