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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

こんな映画祭に行ってきました

第3回みやこほっこり映画祭 成田裕介


「あぁ、笑っていいんだぁ」

これは東日本大震災から1年ほど経ったころ被災地である田野畑村の仮設住宅で行われた上映会終了後、高齢の女性がふと漏らした言葉です。あの震災は人々から大切な人とモノを容赦なく奪い取り、生き残った人々からも「笑み」をも奪い去りました。何かをしなくてはと思ったのは誰しもそうだろうと思います。ある者はボランティアとして現地に出向き、ある者は支援の募金活動など、それぞれが自分の出来る範囲のことをしたのではないでしょうか。我が監督協会が義援金100万円を日本赤十字社を通じて被災地に送ったのは、協会員の皆さんも会報でご存知かと思います。そして映職連とジャパンフィルムコミッション・コミュニティーシネマセンターとの共同で「東日本上映協議会(通称シネマエール東北)」が発足し、定期的に被災地での上映活動を行ってまいりました。少しでも被災者の皆さんの心のケアになればとの想いからでした。個人的には「映画屋とその仲間たち」という団体で、主に仮設住宅の集会所で上映活動を行ってまいりました。冒頭の言葉はその際のものです。劇場のような設備ではありませんが、集会所に集う皆さんは時に笑い、時に泣いたりと映画の世界に入り込み、ひと時つらい現実を忘れて楽しんで頂けたのではと自負しております。

大分、前置きが永くなりましたが今回の「みやこほっこり映画祭」への参加は、映職連の上映活動を通じて「みやこシネマリーン」の支配人・櫛桁一則さんとの出会ったことからのつながりです。櫛桁さんは震災直後から出前上映会を企画し、これまで300回以上もの上映をほとんど一人で行ってまいりました。地元とはいえ個人でこれだけの活動をしておられる方を知りません。

あの震災からもうすぐ4年。当初は緊急を要していた為、被災された皆さんは避難所での不自由な生活でしたが、やがて仮設住宅に移り最近になりようやく自力再建や復興住宅への移転が始まっていると聞いてます。進んでいると言われる復興も、確かな将来が見えているものとは言い難いものです。そして人口の流出。元通りの姿になるのは大変なことなのでしょう。東京で生活していると、あの大震災は何時しか記憶の彼方に過ぎ去ったことと感じている方が多いかもしれませんが、間違いなく現在も続いている現実なのです。

「みやこほっこり映画祭」は今回で3回目。中心メンバーである櫛桁さんを始め、市内の有志(映画応援団)の皆さんが、映画を通じて多くの参加者が集う映画祭にしたいとの熱意からスタートしました。三陸沿岸部のほぼ中央に位置する宮古市は、東京から新幹線と在来線を乗り継ぎ約4時間余りの距離です。決して便の良いところではありませんが、それでも自分たち(南場氏)も含め東京・山形・仙台・青森など各地から参加者が集いました。11月22日~24日の3日間の開催で、「みやこシネマリーン」を始めとする市内5箇所の会場で、上映並びにゲストトークを含むイヴェントありの手作り感溢れる規模のこじんまりとした映画祭です。ほとんどの会場が徒歩圏内のフリースペースだったり、店舗の空きスペースだったりと地元密着型ともいえるスタイル。他の映画祭を余り知りませんが、被災地で開催される数少ない映画祭のひとつではないかと思います。人が集まることで地域が活性化すると同時に映画という文化が地域に根付いて欲しいとの想いを感じたものです。
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また、今回は緒方明監督と佐々部清監督がゲストとして参加。初日にオープニングレセプションが「みらいシアター」というお茶屋さんの空きスペースで行われ、料理もセッティングも自分たちで準備するという手作りスタイルです。何と緒方監督のライブ(ギターは持参)付で大いに盛り上がり、佐々部監督の飛び入りライブ?で更に盛り上がったのでした。もちろんお二人の作品上映後のトークショーが大変盛況だったのは言うまでもありません。お客さんともども笑顔の溢れる楽しい時間を過ごさせていただきました。

まだまだ手探りで小さな規模の映画祭ですが、皆が「ほっこり」とする映画祭が続くことを願って止みません。 

成田 裕介

写真はゲスト参加の佐々部清監督(左)と緒方明監督(右)

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