おーい 著作権!
実録人情喜劇「仁義なき著作権はつらいよ」シナリオより
29 美術館
展示されている数々の絵画たち。
多くの人々が閲覧している。
その中にふむふむと頷く初老の紳士、著作権。
著作権、満足気な表情で歩き去る。
30 書店
数多くの書籍が並ぶ。
入ってくる著作権。
様々な本を手に取り、楽しんでいる。
著作権、お腹を押さえトイレに駆け込む。
書店の匂いはなぜ便意を催すのだろう?
31 CDショップ
視聴コーナーのヘッドフォンを耳に当て、リズムに乗り軽快にステップを踏む著作権。
著作権「イエーイ、ゲッチュ!」
周りに若者たちが集まってきて、著作権と一緒に踊り出す。
32 映画館
映画が上映されている。
スクリーンの光に照らされた著作権の横顔。
眉間に皺を寄せ、何か納得がいってない表情。
著作権「ふーむ」
著作権を離れた席から伺い見る映画監督。
首をかしげ席を立つ著作権。
映画監督、その跡をつけていく。
33 同・ロビー
著作権を呼び止める映画監督。
著作権「どこかでお会いしましたかな」
映画監督「お忘れになったんですか。僕です、映画監督です」
著作権「そういえば昔お会いしたことがあるような、ないような」
映画監督「だから、映画監督です」
著作権「はてさて?」
ロビーに入ってくる著作者人格権。
著作者人格権「あれ?映画監督さんじゃないですか」
映画監督、驚愕の表情を浮かべる。
著作権と著作者人格権の顔はうり二つ。
著作者人格権「やだなあ、僕と間違えたんですね」
映画監督「え?」
著作者人格権「兄の著作権です」
著作権「なんだ、おまえの知り合いか」
著作者人格権「似てるでしょ? よく間違われるんですよね」
著作権「弟がいつもお世話になってます」
映画監督「あ、いえ、こちらこそ」
著作者人格権「どうですか、最近は」
映画監督「まあ、それなり、かな」
著作者人格権「それなりが一番ですよ」
著作者人格権、屈託のない笑顔を浮かべる。
著作権「では、私はこれで失礼させてもらいますよ」
著作権、映画館を出て行く。
34 繁華街
歩いていく著作権。
追いかける映画監督。
映画監督「あの、すいません」
著作権「何か?」
映画監督「またお会いできますか」
著作権「あなたが望むなら、いつかまた会えるかもしれませんね」
著作権、踵を返し去っていく。
その姿を見送る映画監督。
とまあ、映画を取り巻く著作権の状況はこんな感じです。
え?なんだかこんな変なシナリオじゃよくわからない?
そうなんです、映画監督は著作権から見離されているのです。
「おーい、著作権」と元気よく呼んでみても、「はーい!」とは応えてくれないのです。
自分も映画監督に著作権がないなんて知りませんでした。
映画は映画監督が作るものだと思っていたので、当然、著作権はあるものだと思っていました。
すいません、なんだかわかった風ですが、ホントのことをいうと、いろいろと僕もわかってません。ふう(汗)。
ということで、どういうことなのか、監督協会の著作権委員会で長いこと活動している山際永三監督に聞いてみましょう。
なんで監督に著作権がないんですか?
山際「今の著作権法は、1970年に大改正されて、今の制度になっちゃったんですけど、旧法時代は、監督に著作権があるとみられていたんです。
それが、70年の改正の時に、当時はまあ、まだ相当メジャーな映画会社が勢いがあった頃なので、盛んに映画会社側や文部省が国会に働きかけてですね、その結果、映画っていうのは、大勢で作るんだから、誰か一人がああだこおだ言うと上映に困るので、会社がまとめて処理する必要があるから、会社に著作権を帰属させると。
それともうひとつは、非常に大きなお金がかかるから、そのお金を回収しなくちゃならないから、会社に著作権は必要なんだというような理屈で、映画だけが特別扱いになっちゃって、著作者としては監督とかキャメラマンは認められていながら、経済的な権利だけは全部会社ということになっちゃったんですね」
美術や文芸や音楽は著作権としてはわかりやすいですよね。
資本がかかり人が多く関わる映画というメディアを考えると映画を作る会社が著作権を持つというのはどこか正しい気がするんですけど……。
山際「会社の論理でいうと、そうなっちゃたんですけど、出版なんかもね、相当、編集者とか、出版社がいろいろアイディアを出して、作家と相談しながら作るなんていう形態がだんだん増えていったでしょう?レコードなんかもね、結構お金もかかるし、大勢で作るという、演奏家から何から大勢で作るという点じゃ、映画と似てましてね。
逆に映画の方は会社に頼らずに、監督自身がお金を集めてきて作るという形態も増えてきたために、逆に映画とレコード、出版なんかそんな差がないじゃないかという具合にもなってきたんです。
1970年の頃は映画会社が非常に力をもっていたし、映画会社が監督にはいろんな意味で手厚い待遇をし、監督にはいい思いはさせて、それで法律的な権利は会社が取るという時代であったと思うんです。
ところがだんだん映画界が衰退していくと、監督に対しても使い捨てになってきて、一本一本の契約となって、誰も面倒見てくれないような状態の中で、監督が映画を作らざるをえなくなるという様な時代になってきたんじゃないですかね。
だからこそ、僕等は長年、映画監督に著作権をよこせと言ってきた訳なんですけどね」
著作権を持たない映画監督ってなんなんでしょうか?
山際「映画っていうのを色々研究していくと、やっぱり監督中心で初めて面白い映画って出来てくるんであってね。
僕等はそれで今まで映画を観てきて、僕等も映画やりたいと思った訳で、やっぱり監督の仕事に感動してやってきた訳だから、監督に発言権がなきゃダメなんですね。
監督が会社の言うなりに何でもハイハイと言う事聞いていたら、ろくな映画出来っこないんで、僕は著作権というのは単に条件とか報酬という権利だけの問題じゃなくて、その作品に対する発言権の問題として理解していくと、映画監督をやる意味もはっきりしてくるんじゃないかと思うんですけどね」
普通、一般の人は監督の名前は知らずとも、監督の意志が映画を作っていると思われていると思うんですけど、著作権がないっておかしな話ですよね。
なんだかシナリオには原著作者として著作権があるじゃないですか。これも考えようによっちゃ変な話で、映画の為に書かれたシナリオに著作権があって、映画を創る上での中心となる監督に著作権がないっていうのはどういう事なんですか?
山際「これが日本の場合、ちょっと特殊で、ヨーロッパなんかはシナリオライターと監督が同様に映画について権利をもっているんですよ、法律的に。
ところが日本の場合、シナリオライターは映画の権利者じゃなくて原作の著作者と同じ立場になっちゃったんですね。これはちょっと、諸外国から見ても日本は珍しいんですよ。
なので、残る映画そのものの著作者は監督とキャメラマンとかいうことになっちゃったんです。ここら辺が実に日本的なねじれ方なんです。
もちろんシナリオライターと一緒に色々と頑張っていきたいという思いがありながら、法律的な立場は引き裂かれちゃったんです。
僕なんかはやっぱりシナリオライターも映画の著作者としてね、監督と一緒になって立場を主張するのが一番本来のあり方だと思うんだけど。法律的立場は別として、シナリオ作家協会と監督協会がいろんな面で、協力し合いながらやっていかなくてはいけないと思うんですけどね」
著作権はなくても著作者として認められていてその人格権はあるということですけど、この人格権っていうのはなんなんでしょう?
山際「その人格権をもっているということで、僕らは発言権を高めようとしているんだけど。人格権は3つあってね、氏名表示権、同一性保持権、公表権てあるんだけど、監督に公表権だけは認められていないです。
公表権っていうのは、映画を封切りするかしないかを監督が決める権利を持つということなんですけど、これを監督に持たれちゃうと、映画会社は困ると、強行に公表権も会社のものと特別に条項を作っちゃったんです。それで今の著作権法もそうなっちゃった。
公表権が監督に戻ればね、いろんな意味で強くなる訳ですよ。発言権も出てくると思うんですよ。今、公表権がないから、なお、監督が弱い立場になってるんです」
うーん、監督の権利って曖昧な感じですね。でもあれですよね、映画がビデオになった時に貰うお金は印税(著作権料)じゃないんですか?
山際「それはね、監督協会の諸先輩の努力のおかげでね、日本映画製作者連盟(映連)、日本放送番組製作社連盟(ATP)とかの団体に入ってる映画会社は、監督に対してビデオになった場合は定価の1.75%を払いますというような、監督協会とそういう製作者団体との間の協定で、これに基づいて支払われているんです。
ただ、その相手の映画会社がそういう映連なんかに加盟してないような小さな会社の場合は、そういう約束が実行されないことが多くてですね、法律の裏付けがないから難しいわけです。
ですから監督協会は著作権の法律改正ということを言ってるんですね」
なんだか自分も含め若い映画監督は著作権に対する意識が低い気がするんです。
でも、自分たちの作品に対して、著作者としての権利の責任をちゃんと持つと言うことが大切なんですよね。
山際「アメリカがいつも引き合いに出されるんだけど、ハリウッドは最初のギャラはいつも高いんです。で、後は、全部会社の権利ってことで、ハリウッドもその点は日本と似ているんだけど。ただ、ハリウッドの場合、非常にギルドが強いものでね、各スタッフの協会とかがあって、ケーブルテレビなんかに関係した映画が流れると、結構、監督をはじめ、スタッフにも二次使用料が入るんです」
へえ、そうなんですか。
山際「そういうシステムはアメリカ映画はきちんとしてますよ。日本の映画会社はすぐハリウッドでは最初のギャラだけで二次使用料は一切ないって言うんですけど、アメリカも著作者としての権利を色々な人に認めてるって事なんですよね。
日本の場合、なかなかどこまで配るかっていうのは難しい問題ですけど、キャメラマン以下スタッフにはゼロだから、本当、日本のスタッフは気の毒です」
そんな中、監督協会はどうしていけばいいんですか?
山際「だから、我々は監督だけに権利が欲しいって言ってる訳じゃなくて、スタッフに権利が何もないってことは撮影所が崩壊した後、日本映画の、映画を作っていく素晴らしい技術がもう、どんどん衰退していくって事になる訳ですよ。次の人材が育たないからね。お金をくれないところに誰も若い人は集まってこないですよ。
日本撮影監督協会とか、美術監督協会の人達も、とにかく監督が権利をとってくれなきゃ、自分達の方にも回ってこないよという認識で皆さん応援してくれてるんですけれども、その為にも、まず最初に監督がちゃんと権利を獲得しなければならないんです。
著作権の問題を単なる経済問題だけではなくて、発言権の問題であり、作家の名誉の問題だということで、これからも監督協会は著作権の法律改正に向けて活動していかなければならないんです」
なかなか理解できないかもしれません。
という僕もちゃんとは理解してないかもしれません。
映画に携わっていない人たちにはもっと理解できないかもしれません。
でも、ちょっとわかったことは映画監督に著作権さえないということはなんだか格好悪いなあということです。
うん、格好悪いぞ。
そんな映画業界には優秀な人材はなかなか入ってこないような気がします。
日本映画が豊かになる為、最低限の権利を持たないことにはどうしようもない気がします。
どうですか、映画ファンのみなさん、いい映画を沢山観たくはありませんか?
映画監督がよりいい環境で創作活動が出来れば、きっと映画に返ってきます。
その為にはみなさんの理解と応援が大切なのです。
監督協会は著作権を勝ち取る為に頑張っていきます。
みなさんの声を!力を!
さあ、みんなで呼んでみよう。
おーい 著作権!
回答 山際永三
雑文 髙原秀和
