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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

創立80周年・80th Anniversary

2016年02月14日

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『日本映画監督協会劇場』2月27日(土)の花やしき座(浅草花やしき内)のプログラムA(11時45分~)は無声映画活弁(弁士・澤登翠他)付き特集『夢みるように眠りたい』(監督・林海象)/尾上松之助主演『渋川伴五郎』/阪東妻三郎主演『江戸怪賊伝 影法師』/トーク(澤登翠×林海象監督)/殺陣実演(高瀬道場)です。
殺陣実演、講演をする高瀬道場の高瀬将嗣監督から寄稿いただきました。ごらんください。
2月27日、浅草の地に松之助・妻三郎よみがえる!?
写真は練習に励む高瀬道場のみなさんです。

日本映画監督協会劇場
      花やしき座の実演とお話
                                     高瀬 将嗣
 
時代劇と言えば殺陣、チャンバラであります。二月二十七日に協会創立周年事業として上映される尾上松之助の「渋川伴五郎(監督/築山光吉)」と阪東妻三郎の「江戸怪賊伝 影法師(監督/二川文太郎)」は、戦前の邦画における殺陣の嚆矢といって過言ではないでしょう。
今回はこの上映にちなみ、我が芸道殺陣波濤流・高瀬道場が実演を勤めます。果たして松之助・妻三郎をどこまで再現できるかはお客様の判定を仰ぐしかありませんが、旧劇と呼ばれていた創生期の時代劇における殺陣は、いわば歌舞伎の引き写しでした。
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その最初のスターこそ尾上松之助、通称目玉の松ちゃんであります。
松之助は西南戦争勃発の二年前、明治八年に岡山で生まれています。
なんで「目玉」と称されていたかというと、特に眼が大きかったからではなく、歌舞伎に倣った見栄をふんだんに切り、その眼を剥くサマが観客を唸らせたからだそうです。
「総理大臣の名前は知らなくても松之助は知っている」とまで言われた日本一の大スターは、我が国最初の映画会社・日活の創生期から時代劇を支え、後には重役に迎えられました。
断片的に残る映像の多くでは歌舞伎様式の所作殺陣(歌舞伎ではタテ)を演じていましたが、晩年はかなり進化した動きになっており、今回の「渋川~」でもそれがうかがえます、
松之助は生涯千本の作品を残しましたが、これは三日で一本、月に九本の映画に出演のペースであり、例えてみれば明治四十一年のデビューから大正十五年に没するまで十七年間、休みなく朝ドラの主演を勤めていたようなものといえるでしょう。
その葬儀は二十万人の参列者があったそうですが、これは現在の渋谷区の人口と一緒であり、かの石原裕次郎の葬儀参列者が三万五千人ですから、その桁違いの人数には驚くばかりです。
松之助に続く時代劇スターといえば、その筆頭はバンツマこと阪東妻三郎です。
昭和天皇ご生誕の明治三十四年に東京で生まれ、歌舞伎の大部屋を経て映画界入り、自らの阪妻プロを解散後日活に入社、多くの作品で高い評価を得ます。

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当時172㎝の背丈は相当な長身で、そのため猫背にくぐもった独特の構えになったという説がありますが、日活の後輩にあたる高橋英樹も幼い頃にその構えをまねしたと話しており、「影法師」と同じ大正十四年の秋に製作された「雄呂血(監督/二川文太郎)」の壮烈な殺陣は語りぐさとなっています(個人的には「血煙高田馬場(昭和十二年 日活 監督/マキノ正博)」がいちばん好きなのですが)。
「一にバンツマ、大河内、三、四がなくて五にアラカン」と称され、戦後しばらくの間は、バンツマを筆頭に確立した、スピーディーで主役自らが動き回る殺陣がスタンダードとなりました。
とくに時代劇の独壇場でもあった東映は戦前の殺陣のスタイルを踏襲、舞踊的でかつ素早い振り付けは大いに喝采を得たのです。
それを覆すような殺陣の変革をなしたのが黒澤明の「用心棒(昭和36年 東宝)」、そして「椿三十郎(昭和37年 同)」であるのはよく知られており、予定調和でないリアルな殺陣は、気を抜けば主役でも斬られるような構成で、それまでの殺陣を見慣れていた観客のド肝を抜きました。
補足すれば際立つ効果音を用いて血が出る立ち回りは、初めて黒澤監督が手がけたといって良いでしょう(五社英雄監督が「オレの『三匹の侍』の方が先」ともおっしゃっていますが)。
しかし、当たればすぐにエピゴーネンが続出するのは邦画の常でもあります。
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黒澤時代劇以降、ドラマ性を無視したやたらにリアルと称する残酷描写時代劇が続出しましたが、観客は次第に辟易、時代劇の衰退につながったのです(「座頭市」シリーズなどは数少ない例外でしょう)。
松之助が歌舞伎の殺陣を映画に持ち込み、それを発展させたのがバンツマ、さらに戦後東映で完成形を迎え、黒澤時代劇がリアリズムを加味させて描く。
そして今やCG合成やワイヤーワークが盛りだくさんのエンターテイメントとして昇華した感がある殺陣ですが、殺陣師の端くれでもある立場から申し上げれば、どんなスタイルであっても、演者本人の自己投資、すなわち稽古量に裏付けられた立ち回りこそが鑑賞に堪えるのではないでしょうか。
バンツマは自宅で稽古に熱中しすぎて床が抜けたそうですし、三船敏郎も庭で真剣を振って植木を何本もダメにしたとのこと。
殺陣という演技に臨む一所懸命で愉快なエピソードです(周りの者はタイヘンだったでしょうが)。
邦画のファンタジーである時代劇、そしてそのハイライトとなる殺陣が、いつまでも観客を魅了してくれることを願ってやみません。